大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡地方裁判所 昭和36年(ワ)435号 判決 1969年10月20日

原告 松本登

右訴訟代理人弁護士 桜木富義

被告 日本通運株式会社

右代表者代表取締役 沢村貴義

右訴訟代理人弁護士 山下兼満

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者双方の求めた裁判

(原告)

被告は原告に対し、金二〇〇万円及びこれに対する昭和三六年五月三〇日から右支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

との判決及び担保を条件とする仮執行の宣言。

(被告)

主文第一、二項と同旨の判決。

第二、原告の請求原因

一、原告は昭和三二年一〇月一〇日通運事業を営む被告との間で被告鹿児島支店の扱いで、別紙目録記載の物件(以下本件物件という)の保管と、送り主及び受取人をいずれも原告、送り先を国鉄日豊線佐伯駅止めと指定した運送契約をして被告に右物件を引渡した。しかしその後被告の係員が原告に無断で第三者に右物件を引渡したので原告がその回収を求めたところ、被告は同年一一月二五日付書面で原告に対し、同月二七日までに右物件を確認のうえ引取るように催告したので、原告は同月二六日被告の鹿児島支店で同支店長に対し、被告主張のような短時間に一〇トン余の右物件を引取ることはできない旨を主張したが話合がつかなかったため、原告が翌二七日再び被告の鹿児島支店を訪れたところ、被告は既に本件物件を原告に無断で処分しその所在すら原告に知らせなかったが、被告の右行為は通運事業法二三条一項、二四条二項三項に違反したものであり、また受任者としての善良な管理者の注意義務に違反したものである。

二、原告は、昭和三二年一〇月三日訴外大島岸作に本件物件を代金三五〇万円で売渡す契約をしていたから、被告の右債務不履行により右物件の紛失時における価格相当の金三五〇万円の損害を被った。

三、よって原告は被告に対し、右損害のうち金二〇〇万円、及びこれに対する本件訴状送達の翌日の昭和三六年五月三〇日から右支払済みまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三、被告の答弁と抗弁

一、(答弁)原告の請求原因事実中、被告が通運事業を営むものであり、昭和三二年一〇月一〇日本件物件の運送契約をするために右物件の保管をする旨の契約をして(尤も右契約の相手方は原告と訴外西内一起、同石川宏平、同下窪肇、同尾形藤衛(以下これを西内他三名という)であった)、右物件の引渡を受けたこと、及びその後被告の係員が右西内他三名に右物件の一部を引渡したが、原告の要求により被告はこれを全部回収したうえ、同年一一月二五日付書面で原告に対しその主張のような催告をしたことは認めるが原告がその主張のような代金額で右物件を他に売渡す契約をしたことは不知、その余の事実は否認する。

二、(抗弁)被告は本件物件を保管していたが、原告らがその送り先と受取人を指定しなかったので、同年一一月二六日原告及び西内他三名との間で右物件の寄託契約を合意解除し、即日国鉄鹿児島駅構内貨物置場で右物件を原告に同行して来た右西内他三名に返還した。

仮に右合意解除が認められないとしても、被告は同年一一月二六日原告及び西内他三名に対し本件物件の寄託契約の解約告知をして、西内他三名に右物件を返還した。

また仮に本件物件の寄託契約が原被告間に成立し、かつ右契約が合意解除または解約告知によって終了したとしても、被告は右物件を西内他三名に引渡したから、被告の原告に対する右物件の返還債務は履行されたものである。即ち西内他三名はかねて原告に対して債権を有し本件物件を処分してその弁済を受ける約定であったうえ、原告が当初被告に対して本件物件の運送のための寄託契約をした際にも原告と同行して被告に右物件の保管を依頼したばかりでなく、その後も原告の代理人と称して右物件につき種々被告に指示をし、更に同年一一月二六日にも原告に同行して被告の鹿児島支店において、原告の面前で被告に対し、右物件は自分達四名が引取りあとは原告との間の話合で解決する旨述べて原告もこれを黙認したので、被告は西内他三名を原告の代理人と信ずべき理由があったから、右物件の同人らに対する引渡は原告に対する返還債務の履行として有効である。

第四、被告の抗弁に対する原告の答弁

被告の抗弁をいずれも否認する。

第五、証拠≪省略≫

理由

一、まず原被告間に原告主張のような本件物件の運送契約が成立したか否かについて検討するに、原告の右主張事実を認めるにたりる証拠はなく却って≪証拠省略≫によれば、原告らは昭和三二年一〇月一〇日頃沈船から本件物件を揚陸した後被告の鹿児島港営業所に運送のための保管を委託し、更にその後被告の鹿児島支店で被告に対し、送り主を原告名義として右物件の運送方を申込んだが、その送り先と受取人が未確定であったため一両日中にこれを指定することとして、それまでの間右物件の保管を依頼したので、被告もこれを承諾して右物件を引取り、運送のためにこれを保管するに至ったが、その後右物件の帰属等をめぐって原告と訴外西内他三名との間に紛争を生じ話合による解決がつかなかったため、原告が右物件の送り先等を指定しないまま、被告は通運約款四条三号に基いて右物件の運送の引受を拒絶し、結局原被告間には右物件の運送契約は不成立に終ったことが認められ(る。)≪証拠判断省略≫そして通運事業法二七条によれば、同法二三条二四条の各規定は通運事業者が単に通運事業に付帯して行う物品の保管業務については準用されないことが明らかであるから、原被告間に本件物件の運送契約が成立したことを前提として被告が右同法二三条一項または二四条二、三項所定の義務に違反した旨の原告の主張はその余の点について判断するまでもなく理由がない。

二、しかし被告が昭和三二年一〇月一〇日本件物件の運送のための寄託契約に基いて右物件の引渡を受けたことは当事者間に争がない(尤も右寄託契約の相手方については争がある)。そこで右寄託契約の相手方について検討するに、前認定のとおり右物件は被告に対し原告の名義でその運送のための保管の申込がなされ、被告もこれを承諾したことが明らかであるから、結局右寄託契約は原被告間に成立したものと認められ、他に右認定を覆すにたりる証拠はない。

三、そこで本件物件の寄託契約が合意解除された旨の被告の抗弁につき検討するに、被告の右主張事実を認めるにたりる証拠はなく、却って≪証拠省略≫によれば、昭和三二年一一月二六日被告の鹿児島支店において、原告と被告の係員との間で右物件の寄託契約を解除してこれを返還する旨の話合がなされたが結局右話合は成立しないまま終ったことが認められる。

四、そこで更に本件物件の寄託契約が被告からの解約告知により終了した旨の被告の抗弁につき検討するに、≪証拠省略≫によれば、本件物件の寄託契約は前認定のような事情のもとに成立したので寄託物につき返還の時期の定めはなかったうえ、昭和三二年一一月二六日午後に原告が被告からの催告に応じて被告の鹿児島支店に来た際被告の係員である訴外坂元親徳から原告に対し、本件物件の帰属や処置等につき送り主である原告と西内他三名の関係者との間で紛争の話合による解決を求めたが、結局話合がつかなかったため、被告は同日午後五時頃原告に対し、右物件は今後更に紛争を生ずる虞れがあるとの理由から、その保管を断る旨申入れてその引取方を請求したため、結局本件物件の寄託契約は民法六六三条により受寄者である被告からの解約告知によって終了したことが認められ(る。)≪証拠判断省略≫

五、しかし被告がその後本件物件を寄託者である原告に返還したことを認めるにたりる証拠はなく、却って≪証拠省略≫によれば被告はその後前同日本件物件を被告の鹿児島支店に来ていた西内他三名のうちの訴外下窪肇らに引渡したことが認められ、他に右認定を覆すにたりる証拠はない。そして被告は、西内他三名に対する本件物件の引渡は原告に対する右物件の返還債務の履行として有効である旨主張するけれども本件物件の寄託者が原告であったことは前認定のとおりであり、かつ当事者間に争のない事実と≪証拠省略≫によれば、本件物件の寄託契約が成立した数日後に西内他三名が原告に無断でこれを受取りに来た際にも、被告の係員は一旦これを断ったが西内らの執拗な要求に対してやむなく右物件の一部を同人らに引渡したものであるうえ、その後原告から強く抗議されその取戻しを要求されるや被告もこれに応じて回収したことが明らかであるから、被告が西内他三名が本件物件を引取るにつき原告の正当な代理権を有するものと信じていたものとは到底解し難く、従って西内他三名に対する本件物件の引渡が債権の準占有者に対する弁済となり原告に対する返還債務の履行として有効となるものとは解し難い。

六、そこで被告の原告に対する本件物件の返還債務の不履行が原告主張のように被告の善良な管理者としての注意義務違反になるか否かについて検討するに、≪証拠省略≫によれば、被告の係員は本件物件の寄託契約が解約告知によって終了した後原告に対して右物件の即時引取方を求めたが、原告は引取りの準備の必要等からこれを拒否したこと、及び右物件は約八トンの重量があり、その積込みにも若干の時間が必要であったことが認められるから、原告が被告からの右物件の即時引取りの要求を拒否したこともあながち無理からぬことであったものと解される。しかも一般に寄託契約が解約告知によって終了して場合にも、受寄者は通常の場合信義則上相当の猶予期間をおいて寄託物の引取りを請求し得べきものであり、かつ寄託物を寄託者に返還するまでは民法四〇〇条により善良な管理者の注意をもってこれを保管する義務があるものと解すべきである。しかし他方前認定の事実に当事者間に争のない事実並びに≪証拠省略≫によれば、被告は運送のため原告から送り先等の指示があるまでのほんの一両日の予定で本件物件の保管を引受けたものであること、その後被告はその係員が西内他三名に右物件の一部を引渡したため原告から強く抗議され、散々苦労してやっと右物件を全部回収したので、同年一一月二五日付書面で原告に対し、同月二七日までに右物件を確認のうえ引取るように催告したこと、原告と西内らは当時沈船の残骸を買取り揚陸して修理したうえこれを他に売渡して利益を分配する契約をしていたが、相互の不信感等から本件物件の帰属や処置等をめぐって対立を生じ、かつ昭和三二年一一月二六日の午後に原告が被告の鹿児島支店に来た際にも程なくその場に来た訴外下窪肇らとの間で右物件の処置等につき云争いとなり、話合による解決の見通しはたたなかったこと、このため被告としては、今後とも本件物件をめぐる原告と西内他三名との間の紛争に巻込まれる虞れがあったため、同日午後五時頃送り主である原告に対して、右物件の保管と運送の引受を拒絶するとともに、保管料等も受取らずに即時右物件全部の引取方を強く要求し、かつ即時に右物件を引取らないならば今後被告は右物件の保管につき責任は負えない旨を通告したこと、従ってそのままにしておけば右下窪らが再び本件物件を引取ることも当然予想されたことが認められ(る。)≪証拠判断省略≫

従って以上のような本件の場合の具体的な事情のもとでは、被告が原告に対して本件物件の寄託契約の解約告知をして直ちに右物件の引取方を請求したことはあながち無理からぬものであり、このような場合にはむしろ原告の方で右物件の保管につき適当な措置を講ずるべきであったものと解するのが相当である。しかるに原告本人尋問の結果によれば、原告は単に被告に対して右物件の即時引取りを拒んだのみで、その保管につき更に適当な措置を講ずることもなくそのまま立帰ったことが認められ、他に右認定を覆すにたりる証拠はない。

そして被告から原告に対する本件物件の引取請求の意思表示には、寄託契約上の義務である右物件の返還をしようとする民法四九三条にいわゆる債務の履行の提供の意味も当然含まれるものと解されるから、原告がこれに応ぜず右物件を引取らなかった以上、原告は受領遅滞に陥ったものと解すべきであり、従ってその後は被告の受寄者としての本件物件に対する保管義務は軽減され、民法六五九条を類推適用して自己の財産におけると同一の注意をもって保管すればたりるものと解するのが相当である。しかも被告が本件物件の寄託契約の解約告知後右物件に対して自己の物に対すると同一の程度の注意すらも欠いたことを認めるにたりる証拠はなく、却って被告がその後右物件を昭和三二年一一月二六日前記下窪らに引渡したことは前認定のとおりであり、かつ≪証拠省略≫によれば、右物件については西内他三名が一切の責任をもって原告との間で紛争を解決する旨を被告に申出たことが認められるから、以上の事実によれば、被告が本件物件を下窪らに引渡したとしても自己の注意能力に応じた普通程度の注意を欠いたものとはいえず、従って結局被告は本件物件の保管者としての注意義務に違反したことにはならないものと解するのが相当である。

そうすると結局被告の本件物件に対する保管義務違反を前提とする原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

七、以上の理由により原告の本訴請求はすべて理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 富永辰夫)

<以下省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例